インタビュー

歯車
ローラ・ボーラ

Chapter.1『キュリオス』全体像について

Q『キュリオス』を一言でいうと、どんな物語ですか?
ジョイフルで、遊び心に満ちていて、人間味があります。
感情表現が豊かで、人を喜ばすことができるイノベーティブなショーです。

Q「11:11」という設定をストーリーに組み込んだのはなぜですか?
『キュリオス』において「11:11」は大変重要なコンセプトなのです。
たとえば 腕時計を見たとき、空港や地下鉄の時計で「11:11」という時間を目にしたとき人々は「願いごとをしよう」と思うのです。
リサーチをしたところ文化によって異なりますが、多くの方が宇宙全体と一体化する様な感覚を持つそうです。
「11:11」の瞬間は貴重であり特別なもので、ショーの冒頭で時計の針が「11:10」から「11:11」に変わった瞬間にステージ上が魔法がかかったような雰囲気に変わり、「11:11」の持つ独特な空間に様変わりするのです。
ショーの終わりでは時計の針が「11:11」から「11:12」に移動し、まるでショーの全てが1分間の出来事の様に描かれているのです。

個人的には、サーカスというのは時間の概念を超越するものだと考えています。なぜなら、アクロバットや他の演目でもそうですが、実生活よりもステージ上では想像を絶する瞬間を生きていて、人生の要素が濃縮されている気がします。肉体的にもリスクの大きいパフォーマンスをするせいかもしれませんが、まさに時間が止まったかのような経験をすることがあるのです。サーカスとは、普通の生活とは一線を画すものです。普通の生活よりも素晴らしいのです。「結婚や出産のような特別な瞬間」に似ているのです。

「11:11」という時間は、観客に対して特別な瞬間であることを伝えるメッセージであり、一緒に時間を忘れて何もかもが実現可能な空間を共有している、というメッセージでもあるのです。

また「11:11」を取扱いたかった別の理由として、終演後も観客に『キュリオス』を思い返してもらいたいと考えているためです。駅や空港などで時計の表示を見て、「11:11」だったら『キュリオス』のショーとファミリーのことを思い出してもらいたいのです。実際に多くの方がショーを観た後「11:11」の表示を見て、「『キュリオス』を思い出した」、と言う声も聞いています。ショーを観て感じた感情をまた味わって、とてもハッピーな気持ちになってもらい、『キュリオス』の経験をその後も継続させるという役目もあるのです。

Q『キュリオス』の演出を手掛けるにあたり、自身が初めて取り入れた手法やチャレンジしたことはありますか?
チャレンジしたことは沢山あります。私たちは、ショー創作の初期段階でテクニカルチームと話し合った「実現不可能な事」を「可能」にしてきました。
(ただ、正直に言うと、これらを「可能」にしたのは私ではありません。)

私は『キュリオス』の現場で最も才能が無い人間です。ジャグリングも出来ませんし、楽器も弾けませんし、高所恐怖症ですし、訓練をすれば出来るようになるのかもしれませんが、現時点では出来ません。何も出来ないのです。
でも、みんなの才能が「不可能」を「可能」に変えたのです。

たとえば「アクロネット」の場合、モントリオールのスタジオでマストにネットを初めて取り付けた時、負荷が強過ぎてコンクリートの床に固定されているアンカーポイントが浮き上がってしまい、床の一部がはがれてしまいました。負荷が強すぎて床を壊してしまったのです。シルク・ドゥ・ソレイユの歴史上初めての出来事でした。
多くの人が「諦めたほうがいい」「この計画は忘れたほうがいい」と言いましたが、アクロバット・エクイップメント&リギングコンセプターであるダニー・ゼンと私は諦めませんでした。エンジニアたちを再度呼び戻し、彼らは頭を抱えていましたが、実現できる方法を見出してくれたのです。

アクロネットは、ステージよりも大きいトランポリンのような構造なので、観客から大人気です。観客もどうしてこれが可能なのかと驚いています。
これが「不可能」が「可能」になった例です。

当時「不可能」だった事は、諦めたほうが楽だったり、別のことを試したほうが良いこともあったのかもしれませんが、みんなの「実現したいという決意」が非常に強く、最初は不可能だったのにその後可能になった事例は、『キュリオス』では沢山ありました。
衣装においてもミスター・マイクロコスモスの中にミニリリーが入る衣装は、彼が週に10公演しても腰を痛めないようなハーネスを作りました。しかも、公演をご覧になればわかると思いますが、ミニリリーが登場する前に宙を浮く自転車のシーンがあるのですが、ミニリリーが中に入った状態でミスター・マイクロコスモスが踊るのです。それをも可能にするハイテクなハーネスなのです。
ステージの床も本物の木材のように見えますが、7層の異なる塗装と素材を組み合わせた新技術が採用されており、美しく見えるだけではなく耐久性があり、アクロバットのアーティストの膝に負担がかからないようなちょうどいい柔らかさをも取り入れています。更に、大きな手が登場出来るように強度も兼ね備えています。この床は大きな革新と言えます。
Qあなたにとって『キュリオス』とは?
私にとって『キュリオス』は愛です。
またのショーのディレクションを担当するという大きな夢が実現した場所でもあります。
シルク・ドゥ・ソレイユが大好きですし、人々に与える影響力も大好きです。シルク・ドゥ・ソレイユが意味するもの… それは、異文化同士が互いの力を合わせなければ作り上げられない美学、そしてそれが人々に感銘を与えること。また異なる芸術(音楽やアクロバティックだけではなく、お芝居、コスチューム、照明等)すべての要素が合わさることだと思います。そんなショーのディレクターになることは私の夢でしたし、『キュリオス』が皆様に愛されてとても人気が有ることについて、我々はとてもハッピーですし、皆様にショーをお届けできることを大変喜んでいます。私にとっては、もはやパラダイスです(笑)。地上の楽園とでいいましょうか。創作の過程もそうですし、毎月ショーを観に来ますが、このショーが大好きなので自費で飛行機代は払っています。
人類愛が感じられる素晴らしい作品なので素敵な気持ちになれますし、サーカスの持つ芸術性、お客さんの喜ぶ顔、全てが私にとってパラダイスなのです。

私の人生にとって非常に重要なショーだと思いますし、シルク・ドゥ・ソレイユ創設者のギー・ラリベルテ、クリエイティブ・ガイドのジャン・フランソワ・ブシャー、そしてシルク・ドゥ・ソレイユのみんなに心から感謝しています。私一人で作りあげたショーではありませんので、一緒に作り上げたチームのメンバーからも沢山のことを学び、協力してくれ、指導してくれたメンバーと一緒に仕事ができたことは幸運であり、恵まれていたと思います。

Chapter.2アーティスト・演目について

Q一番好きな『キュリオス』のシーンは?
全てのシーンが私のお気に入りですが、なかでも「ディレクターとして特別なシーン」が一つあります。 「インビジブル(目に見えない)・サーカス」は、ジュゼッペという目に見えないアーティストがいて、彼はマストを登り、飛び込み台の所に行き、水の入った小さなバケツに飛び込まなければなりません。とても怖がっているので、飛び込み台が揺れているのが分かります。そこでコミックアーティストが観客に向かって、「ジュゼッペ!ジュゼッペ!」と声援を送るようにお願いするのです。実際に2500人近くの大人の観客が「ジュゼッペ!ジュゼッペ!」とあたかも見えているかの様に声援を送っている姿を見ると、とても微笑ましく思えます。こちらが作り上げた幻想で遊んでくれているのですから、素晴らしくとても誇らしく感じています。

私のボスの7歳くらいのお嬢さんがモントリオール公演を観に来た時に、このシーンで反応する観客を見てお父さんに、「このお客さんたちは 本当は誰もいないことに気づいていないの?」と言ったそうです。
そうするとお父さんは「このお客さんたちは 本当にいると信じているんだよ」と返事したそうです。
これがショーの素晴らしさだと思います。みんなが子供のように信じているのです。
だから自分の仕事に誇りを持っているのです。キャスト陣についても誇りに思っています。

モントリオール公演で観劇後にお客さんに「一番好きだった演目はどれでしたか?」と聞くと、通常は「あれでした」とか「これでした」と言うのですが、『キュリオス』ではお客様たちは「どれも好きだった」「どれも特別だった」と答えてくれる人が多いのです。
出演者みんなの努力の賜物です。
Q創作するのに最も苦労した(悩んだ)『キュリオス』のシーンは?
実は チャレンジ(苦労)が大好きなんです。
チャレンジを作り出すのが好きで、各シーンにチャレンジを取り入れようとします。簡単過ぎるとやる意味がなくなってしまい、月並みなものしか創れません。良いオープニングを制作するのはとても難しいことですが、このショーのオープニング制作はとても楽しめました。電車や蓄音機や電気の発明のシーンなど、一つ一つの動きにこだわりました。

質問に答えていませんね(笑)。最も苦労したシーンですよね。
「バランシング・オン・チェア」のバランス取りは大変でした。技術的にも大変でしたし、台本上でも演目が始まり、途中で一旦中断してまた再開するように設定しました。今まで演目を一時中断する事はありませんでしたが、挑戦してみたかったのです。お客様は大変喜んでくれています。

またアーティスト達がショーに大きく関与出来る様に心がけました。彼らの意見を聞き、彼らについて理解しようと努めました。いいチャレンジでしたし、やってみたいチャレンジでした。でもアーティストたちが素晴らしかったので、苦労はあまりありませんでした。

『キュリオス』の創作過程は大変素晴らしかったですよ。すべての波長がマッチして、うまく機能していました。技術面などの辛い仕事もありましたが、とても楽しかったですしもう一度やりたいくらいです。チーム一丸となって作業をしましたし、自分たちを磨きあげ、より良いショーに仕上げるためにプレッシャーもありましたが、シルク・ドゥ・ソレイユの仕事にプレッシャーは付き物ですしね。
Q主人公のシーカーは、物語の中でどのような存在として描いていますか?
シーカーの隠された設定で、彼は世界中の事が知りたくて世界中を旅して色々な骨董品(キュリオシティー)を集め、彼の実験室に持ち帰った、としています。その実験室には電気もあり、このエネルギーに彼は魅了されたのです。電気は目に見えませんが、人間の体内や脳内に存在することも知っています。そこで彼は別次元へと旅する為の機械を発明するのです。この別次元とは「インビジブル(目に見えない)」な次元のことで、この次元では「“不可能が可能”な谷」へ行くことが目的となります。

この谷には夢があり、これらの夢は地球上で人々が見る夢の前の「夢の原形」として残っているのです。またこの谷には、人間が地球上で放棄したクレイジーなアイデアたちも在るのです。たとえば、アイデアを思いつき、そのアイデアを放棄してもアイデア自体は存在するわけで、そのアイデアがその谷へ行き着くのです。
つまり彼の夢は、この機械を発明し「インビジブル(目に見えない)」の世界へ旅し、「“不可能が可能”な谷」へ行き、世界を良くするために美しい夢やクレイジーなアイデアを持ち帰ることなのです。

オープニングで彼は機械を動かそうとしますが、その機械はうまく作動しません。
その代りキュリオシスタニアンズの3キャラクターのクララ、ミスター・マイクロコスモス、ニコが彼の実験室へと飛ばされてくるのです。そして彼らがシーカーの日常へ「エネルギー・喜び・発明」を持ってくるのです。
そこでシーカーは、既に集めていたキュリオシティー(骨董品)に美しさが宿っていたことに気づくのです。そしてすでに「“不可能が可能”な国」に住んでいたことに気づかされるのです。

私たちは観客に、『キュリオス』のステージで可能なことは実生活でも可能である、ということを伝えたいのです。そして人生には“不可能が可能になる可能性”、喜び、美しさが存在することを理解してもらい、素晴らしい次元に生きていることを実感してほしいのです。シーカーは寛大な人で、次元を超えた旅を可能にし、人類愛や詩を通して人類をハッピーにできる機械の開発に何年も取り組むのです。彼はポジティブなエネルギーの持ち主で、良き心の持ち主で、人生の細かなことに驚き感銘を受ける人でもあるのです。

Qニコの物語での役割を教えて下さい
ニコはとても親しみの持てるキャラクターです。「共感」を体現しているからだと思います。人と話すときに相手に合わせて背の高さを調整するのです。ミニリリーと話すときは小さくなり、目線を彼女と揃えることができます。また、彼は手を使ってコミュニケーションを行います。手は目と併せて最も万国共通なコミュニケーション手段です。
お互いの言葉が話せなくても、代わりに手で伝えられます。手は人を介抱するのにも便利です。病院では医者や看護師が病気の方に直接触れ「手当て」します。父親や母親は子供がまだ話せない段階から直接触れあいます。ですから手は、このショーにおいてとても重要であり、ニコの手は表現力が非常に豊かで、手を使って「シアター・オブ・ハンズ」を行いますし、「コントーション」の演目中も、手で何かを表現しています。彼は手を使うストーリーテラーであり、見たり話したりする相手に順応するのです。

Qクララの物語での役割を教えて下さい
クララはこのショーの中で、一番初めに配役を決めたキャラクターです。彼女は独特なミステリアスさを持ち合わせています。彼女特有の言語を持つ、インビジブルのテレグラフィストです。彼女の靴は電信装置のようになっており、スカートがアンテナの様になり周囲のエネルギーを集めることができるのです。
沢山のメッセージを受信するため、時として独特の周波数上にいることがあります。
彼女は「人類のコミュニケーション」「発展」「テクノロジー」を体現しています。
彼女はテルミンも演奏します。テルミンとはとてもユニークで、弦などがない楽器です。
彼女をクララと名付けたのは、有名なテルミン奏者の女性の名前がクララだったからです。彼女が演奏している映像はYouTubeでも探せますよ。

Qミスター・マイクロコスモスの物語での役割を教えて下さい
彼は芸術家タイプで仕切りたがり屋で、列車の時間の指示も出しますし、オーケストラのリーダーの様な存在です。彼は周りをコントロールしたがります。でも彼の中には彼の別の一面であるミニリリーがいるのです。彼女は彼自身でもあり、彼のか弱さの象徴なのです。二人は矛盾したキャラクターだと言えます。ミスター・マイクロコスモスは強い男ですが、エアリアル・バイシクルのキャラクターに一目ぼれします。そこで観客は彼のソフトで優しい彼の別の顔を見ることができます。踊り出したり、優雅に振る舞ったり、とてもチャーミングで大変気に入っています。

Qミニリリーの物語での役割を教えて下さい
ミニリリーはミスター・マイクロコスモスの無意識の一部です。だから彼のお腹から登場します。身長は低いですが大きな性格の持ち主です。か弱いですが、打たれ強く、そこが彼女の長所です。彼女は、自分の身長の低さに邪魔されることはありません。個人的には、ハリウッド映画の黄金期のスターのような存在で、存在感のあるディーバのような女性だと思います。彼女は著名な画家や詩人たちと知り合いで、リビングルームに食事に招いたりしているイメージを持っております。これはショーの最中に見ることはできませんが、そういったキャラクターなのです。彼女は多くの芸術家と交友があり、往年の大女優や、画家や、詩人らと常に一緒にいるのです。とても芸術家肌な人物です。

Chapter.3美術・小道具について

Qセット美術はどのようにアイデアを思い浮かべ、形にしていきましたか?
セットのデザインはステファン・ルノアーによるものです。ステファンは『キュリオス』の前は『ドラリオン』『ヴァレカイ』『ズマニティー』『ザルカナ』『クーザ』のステージも手掛けております。彼と一緒に仕事が出来て大変光栄に思っています。
彼にシーカーの実験室のデザインを頼みました。彼はパリ万博があった1900年の時代についてたくさんリサーチを行いました。ヨーロッパやニューヨークなど多くの都市では、当時のテクノロジーのおかげで建物は鉄鋼を使って建てられました。このステージはそれをモチーフにして、鉄をイメージしています。その鉄のイメージとバランスを取って温かみを持たせる為に、多くの木材も使用したいと思いました。駅や小さな工場の最上階部分を、シーカーが自分の実験室に変えたのです。そして私たちが非常に気に入っているのが、ステージを囲むように通る線路です。この線路におかげで、ステージ上に多くの動きが加わります。アーティストや照明を乗せてぐるっと回ったり、ボートも回るような構造になっているのです。とてもダイナミックなステージになっています。

それと、沢山の小道具があります。
ある日リハーサルで、プロダクション・ディレクターであるガブリエル・ピンクストーンが私に、『キュリオス』はシルク・ドゥ・ソレイユ歴代ツアーショーの中で一番多くの小道具を使っていることを教えてくれました。その数はトラック1台分もあり、追加のリストまであるそうです。
小道具がこんなに多い理由は、ショーのリアリティーを表現するのに非常に有効だからです。子供の時おもちゃで遊んだように、ショーでも小道具で遊べるのです。観客もその小道具に集中することによって、ショーの世界観を深く理解できるのです。だから小道具が沢山あるのです。
ステファンは全てをデザインしてくれて キャビネット、椅子、蓄音機の一部の部品はリサイクル素材が使用されています。モントリオール本社の従業員にも、もし骨董品店や自宅の地下室で再利用できそうなもの見つけたら、写真を撮ったり、持ってきて再利用できるようにお願いしました。なので、一部の小道具は従業員が集めてきてくれた部品が使用されています。それにより、従業員もツアーを一緒に回っているというメッセージを伝えようという試みを行っているのです。

Q「コントーション」で使われる「機械仕掛けの手」について教えて下さい
機械仕掛けの手は大変気に入っています。名前もついているのです。
「コントーション」のアーティストにどんな名前が良いか聞きました。
こちらで名付けることも出来ましたが「コントーション」のアーティストに付けて欲しいと思ったからです。数日経って「アンガラ」という名前を付けて欲しいという返事をもらいました。
「アンガラ」は、彼女たちの故郷であるロシアにある川です。「アンガラ」は南にある別の川もしくは湖と恋に落ち、北から旅をして南にいる恋人に会いに行くという伝説があるのです。とても情熱的な川なのです。なので「アンガラ」という名前を選んだのです。
この手の素晴らしい点は、中に電気系統もモーターも無く、二人の人間によって動かされていることです。手の下で、一人は向きを変えるためにペダルを漕ぎ、もう一人は指を動かす為にペダルを漕いでいます。
素敵な手ですし、上に「コントーション」のアーティストを乗せるセットですので、作るのが難しく、とても高価でしたし、何度も試作品を作りました。「コントーション」のアーティストがパフォーマンス出来る為のフラットさが必要でしたし、滑らかだけど滑り過ぎない作りにしなければならず、開発には沢山リサーチが行われました。安全面を考慮して、それまでは「コントーション」は低い所でパフォーマンスを行っていたのですが、今では以前よりも高さを上げられるようになり、非常に見栄えが良くなりました。

Chapter.4衣装・音楽について

Q『キュリオス』の個性的なコスチュームは、どのようなコンセプトで制作しましたか?
コスチュームの制作にはフィリップ・ギアテルに依頼しようと決めました。彼は素晴らしいフランスのコスチュームデザイナーで、映画やお芝居、ダンスといった分野で活躍しており、オペラやバレエも担当しています。シルク・ドゥ・ソレイユのショーではラスベガス公演のビートルズの『ラブ』やロサンゼルスの『アイリス』、ブロードウェイの『パラモア』も担当しております。一緒に働いている時はまるで子供のようで、私が彼にキャラクターについての説明し、彼が下絵を描き私に見せてはしゃいでいました。

彼はしばしば素晴らしい素材を使用します。私は彼に「『キュリオス』では従来のショーとは違う形のコスチュームを試したい」と提案しました。
アクロバット等の演目では、通常体にフィットしたコスチュームを着るのですが、キャラクターにはもっと派手なコスチュームを着せたかったのです。ミスター・マイクロコスモスの円形のコスチュームやクララのスカート、ニコのアコーディオンというように、他のシルク・ドゥ・ソレイユのショーとは違った外見とシルエットにこだわりました。

ショーのカラーも決めたくて ステージもセットもセピア色のイメージにしました。
ショーの初期の製作段階で、ギー・ラリベルテへのプレゼン時に見せた写真はすべてセピア色だったので、彼から「セピア色のショーをやってみてはどうだ」と言われました。
セピア色の良い点は、過去の時代を想像させるのですが、具体的にどの時代というのが定まりません。白黒であれば 1920年もしくは1940年というイメージが付きますが、セピアは時の流れから逸脱しているように思えます。そのため演出的にも、過去ではあるが具体的な時代と結び付かないので最適なのです。別次元のようで、夢のような感覚です。

コスチュームの制作過程は本当に素晴らしかったです。世界最高のコスチュームチームだと思います。ただキャラクターやアクロバットの個性を表すコスチュームではなく、それぞれが自己主張のできる芸術作品で、大変素晴らしいので、制作してくれたモントリオールのチームに大変感謝しております。

Q『キュリオス』の音楽はどのようなイメージで制作しましたか?
『キュリオス』の音楽は特別です。シルク・ドゥ・ソレイユの創始者ギー・ラリベルテは音楽が大好きで、彼のiPodには何千曲もの音楽が入っています。彼にも音楽について相談していたのですが、電子的な音ではなく、アコースティックな楽器を多用した温かみのある音楽にしたいと考えていました。
以前私はキャスティングを担当していたのですが、ミュージシャンたちのレベルの高さには常に驚かされていました。ショーの中には、機械音のせいで彼らの演奏が十分に聞こえないショーもあります。そのためこのショーでは、ミュージシャンたちの高品質な音楽が聴けるようにしようと決めました。 バイオリン、チェロ、アコーディオン、ベース等も使いたいと思いました。
ギー・ラリベルテは「エレクトロスィング」を提案し、私は大変気に入りました。
ワールドビートを組み合わせた私達なりの「エレクトロスウィング」ですが、気分が高まるような音楽にしたいと思っていましたので、彼の提案には大変満足していました。
躍動感、温かみ、感情がある音楽になっており、テクノロジーも使用していますが楽器が直接奏でる音楽です。
もうひとつ『キュリオス』の特徴として、ミュージック・コンケットという音を統合する技術を使用しているのですが、様々な音が音楽の一部として使われています。サウンドエフェクトとしてではなく、音楽の一環として使われています。スチームパンクの世界の実験室の音として機能しており、重要な役目を果たしております。

音楽を言葉で説明するのであれば 「ジョイフル」だと思います。踊りたくなるような音楽です。

Chapter.5技術・テクニカルについて

Qマドンナのツアーショーなどを手がけていますが、他のショーやステージでの経験は『キュリオス』のどこに活かされていますか?
シルク・ドゥ・ソレイユでの仕事は、5年間のキャスティングからスタートしましたが、 その間にアーティストの話に耳を傾けることを学びましたし、彼らと向き合い才能を見つけだし、シルク・ドゥ・ソレイユのアーティストとしてふさわしい人材を見出す術を学びました。その後 5年間、スペシャル・イベント部に在籍しました。
一つのイベントに多額の予算が注ぎ込まれる為、クライアントの求めるものを理解する上で非常に貴重な経験になりました。ショーを観に来る特定の観客の心に訴える何かを作り出す必要もありましたし、自分の仕事の力量などを試す機会として、こういったスペシャルイベントを活用しました。
プロジェクション技術とライブパフォーマンスの融合などといった実験的な試みも行いました。そのため『キュリオス』を担当する時には それらの経験が身についていました。
スペシャル・イベント部の現場から学んだのは、多くが一晩限りのイベントだったため、どうしたら観客に「今夜は特別な夜だ」という感情を沸かせるかということです。
スーパーボウルのハーフタイムショーでマドンナと一緒に仕事をし、その後彼女のショーもディレクションを依頼されました。ポップミュージックのコンサートは特殊なため、シルク・ドゥ・ソレイユのショーで活かすことのできる経験といえば、「多くの経験を積んだこと」と「人とは違うことをしたければハード・ワークが必要だ」ということです。
マドンナもそうですし、彼女はビジネスのマーケティング面を充実させるためだけに仕事はしておらず、ステージ上で主張したいメッセージがあるかを大切にしている人です。
「世界を変えたい」「いい意味で人々に影響を与えたい」という信念をもったハードワーカーです。そういった価値観の重要性も学ぶことができました。

Chapter.6日本公演について

Q日本で最もあなたの「好奇心」を刺激するものは何ですか?
2000年に初めて日本に行きました。
空港からホテルまでの送迎の車があり、車を降りた直後に「ここに戻ってこられて良かった」という気持ちになりました。もしかしたら、前世では日本人だったのかもしれません。家に帰ってきたような感覚でした。私は頻繁に移動する方なのですが、日本に行った時はなぜか家に帰ったような感覚がしました。
日本語の勉強も始め、日本のデザインには非常に興味を持ちました。2度目に日本を訪れたときは、20日間の滞在中に4000枚以上の写真を撮りました。窓の形、ハンドル、色彩、タクシーの色、交通整理をする人の制服など、すべてが素晴らしかったです。
そして、日本人の優しさに感動し、共感できました。我々が抱いているイメージは、人が沢山いるイメージでしたが、人が多過ぎるという感覚はしませんでした。相手を尊重して歩いているからかもしれません。日本ではお互いぶつからずに歩けることが驚きでした。
子供たちに対する思いやりも感心しましたし、子供たちの素晴らしい美徳感に感動しました。繊細なものや、それらの完成度の高さ、由緒あるものもあればモダンなものあり、さらには未来的なものまであるので、日本の全てに興味があります。また モダンで技術的な物の横に古くから伝わる物が備わっていたり、それを尊重する心や、過去と未来が強い繋がりを持った社会なのだと思います。ほかの社会では過去と切り離され表面的になってしまうケースもありますが、日本の社会は豊かで奥深くて完成されています。
Qそういった経験が『キュリオス』の制作に影響を与えましたか?
奈良を訪れたとき 平穏な気持ちになりました。
京都の有名な石庭に行った時に抱いたのと同じ感覚で、その平穏な感覚が『キュリオス』を制作する上でしっかりとした基盤のように役立っていると思います。

実は『キュリオス』の創作を始める1年くらい前に、ビッグトップの建設予定地に行きました。そこで目を閉じて座りこみ「あと1年後にここでショーを行うのだ」とイメージをしたのです。何千人の観客、アーティスト、コスチューム、音楽がここに集まるかと思うととてもハッピーな気持ちになりました。
その日は初めてアーティストと会う日の前日で、トレーニング開始の前日でした。
その時の光景を友人が写真に収めていたので、後で写真を見せてもらいました。すると面白いことに、その写真の中の私は、まるで京都のあの石庭にある石のように見えたのです。京都を訪れた時の経験と繋がっているように思いました。

色々な場所を訪れるのが大好きです。なぜならそこでの経験が無意識の部分に刷り込まれ、創作の時に表面化するような気がするからです。
日本が持つ創意工夫の能力もこのショーに現れていると思います。
細部までこだわったショーですし、それら細部に精神や魂が宿っていますので、日本の専門家ではありませんが、日本を訪れたときもその細部へのこだわりを感じました。
Q日本公演への意気込み・思いを教えて下さい?
日本で『キュリオス』を上演することを大変うれしく思っています。
実は構成を練っている頃から「このショーが日本にいけますように」と願っていたんです。
私は日本が大好きですし、「キュリオス」のメンバーたちも日本に行く日を指折り数えて楽しみにしてます。

このショーの美的概念は日本では受け入られると思います。
2000年に日本を訪れたときに私は『サルティンバンコ2000』を観ましたが 日本のお客さんの反応が素晴らしく、私もとても興奮したのを覚えています。
今では東京で『キュリオス』を観るのが私の夢で、初日の公演を観に行くのが今からとっても楽しみです。まるでクリスマスが待ちきれない子供のような気持ちです。